学ぶとは

February 01, 2008

理科について(受験前)

中学の理科について書きます。
第一分野と第二分野がありますが、
どちらも、数学の計算能力が必要です。
計算能力が必要な分野は、主に
電流、化学反応、湿度などの天気ですね。続きを読む

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英語を覚えるコツは(英語を嫌いになる前に)

英語を覚えるコツは、
自分の好きな分野の英語を探す。続きを読む

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数学、関数について(受験直前)

関数が難しい理由は、
関数は続きを読む

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足し算、引き算は大きな位から(受験に強くなる)

足し算、引き算を一の位からしていませんか?
それはとても時間がかかります。続きを読む

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歴史について(受験直前)

歴史を学ぶ時に一番必要なことは何かというと、
それは人物です。続きを読む

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November 13, 2007

違いを見つけることが学ぶ早道

何がどう違うかを見つけることができれば、
学びは早くなります。

数学なら、どこが間違ったか?

数学の計算や証明の勉強をするとき、
私が進めている方法は、
わからない問題の答えから逆に書き写すこと。
そして、問題と答えを逆にして解きなおすこと。
これが一番の早道です。

もしよかったら、お試しくださいね。

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October 05, 2007

暗記に有効な目線?

今月1日からセンター試験の願書受付が始まりました。

そろそろ、これから、受験シーズンが近づいてきますね。

私も、今年は、一人、中学3年生の勉強を見させていただいています。

そこで、暗記について、
一般に、

左斜め上目線で、参考書などを見て暗記すると
脳と目線の関係から、効率よく暗記しやすくなると思います。

そして、テストの時、忘れたり、思い出せないとき、
この覚えるときに使った左斜め上目線で考えてみる。

だまされたと思って、試してくださいね。

私も、再来年には、国家試験を受けるつもりですので、
その際は、加速度学習法をフル活用したいと思っています。

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October 03, 2007

IQとは?

IQって知能指数と日本語では訳されていますね。

でも、そのIQって一体なにを基準でIQ100とかってきめているのでしょうか?
それは、なにかというと、
どれだけ、物事の共通点を見つけることができるか?なんです。

私は、あまりテレビはみないのですが、
先日、たまたま、IQサプリという番組を見ました。

そこに出されている問題をいろいろ見ていて、感じたこと。
IQ120の問題とかいろいろ問題のレベルを変えている作り方を
見ていて、なるほど、こういうことかって、IQテストの点数を上げることは
訓練でできると言われていることがなんとなくわかりました。

TVでのIQテストなので、実際とは違いますが、
IQについての一般的な認識は学べました。

IQをあげるためには、どれだけ、その物事から余計な情報を削除することができるか?そして、その上で、共通の部分を見つけられるか?
それに、いろんな情報を放り込んでいくか?

私も毎日、どこででもできるIQトレーニングをしなきゃです。

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September 14, 2007

加速度的学習

「能動的に受容する」

これが学びの速度を上げるのにとても重要です。

私の歩き方のワークやいろんなワークでは
能動的に受容していただけるようにいろんなお伝え方をします。
今までにありきたりのレクチャーはありません。
だから、とても戸惑う方が多いようです。
それは、今までの知覚や学び方と違うだけです。
今までの学び方だと、一度学んだだけで、なんとなくよくわからないけど
使えている。できている。ってことはないですよね。

私の歩き方のワークでは、なにかよくわからないけど、楽って状態を作ります。

そうすることで、身体にまず覚えてもらうんです。そして、知覚は後から・・・。
だから、いつも、2回目、3回目と参加していただけるように、
初回の金額と2回目、3回目以降の金額が変えています。

今までと違った身体と知覚の回路を作るんですね。
これはどんな学びも同じです。



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August 26, 2007

気づきのワークの有効性と危険性

物事を学ぶとき必ず気づくというプロセスがあります。

でも、気づくということ自体は新しい知覚を使うためにとても学びになるんですが、

その新しい学びを意図的に作られていたら・・・。

今までのゲシュタルトを壊すこと。これが気づきの第一歩です。

でも、壊されたゲシュタルトをもし、誰かの意図をもって
再構築されたとしたら、それってどう?

新しい感覚や出来事を体験したとき、それをどうにか
解釈して安心しようとします。

そのままの状態を楽しむことができるようになれば、
もっと本質的な学びになるのですが、
そこまでの学びの前に不安という感情がやってきます。

それを処理するために、新しい考え方のフレームをつくりやすくなります。

そうすることで、新しいゲシュタルトが再構築されちゃうんです。
これは学びではなく、すり替えなんだけど。

でも、新しいことには変わりないわけで。
そのとき、どの方向性に行きやすいか?
どうしても、感覚的に気持ちいい方向、心地よい方向に行きやすい。
でも、気持ちいいって本当に必要な方向。
ルシファーは
気持ちいい方向に行ってしまったばっかりに堕天使になっちゃったんだよ。
もともと大天使だったのにね。

気持ちいい、心地よいって感覚にだまされないでね。
だって、ドラックだって気持ちいいでしょ。
SEXの100〜1000倍以上の快楽(ドーパミンの分泌)が得られるんですよ。

気づくために何かが必要ってワーク自体、気をつけてね。
それは新しいフレームにするための道具かもしれないから。

気やエネルギー調整ワークなんかもそうです。
エネルギー、気という新しい知覚になりうる概念のすり替えかもしれないから。
気もエネルギーもあるけど、
それはゲシュタルトを変えなくてももともと感じているもの。
知っているものなんですよ。
だって、それがないと今、ここに
生きていないのだから。

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August 25, 2007

10のうち1つくらいはね。

10の物事があると1つくらいは必ず、はずれがあるものなんだよ。

それが、自然なんですね。

すべて完璧にしようとすると自然じゃなくなるんですね。

ちょっとだけ、人生脚本のお話。

「ちゃんとしよう」
「かんぺきにしよう」
「きちんとする」ってことが口癖の人は

間違ってはいけないって自分のなかにあるかもしれないね。

TA的にいえば、禁止令っていうんだけど。

間違ってもいいんだよね。

だって間違わないと、脳は新しいものとして認識して覚えないんだよ。

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August 20, 2007

知らないことを知らない

知らないことを知らない

これってとても大切なことなんです。

脳は今まで知っていることしか認識できない。
どんなに新しい知識も
その知識が新しいことを知っているんです。
今までの記憶の再合成で
新しい知識として認識できていることだから。

知らないことを知らないんですね。
それを知る為には、まったく違った認識の世界(他者)から
コンタクト(接触)してもらうしかないんですね。

でも、まったく違う世界からの接触(コンタクト)だから
理解できないんです。
そして、その接触(コンタクト)になんらかの理由づけします。
素直に受け取れないんですね。
また、
接触(コンタクト)をとらずに
一方的にアプローチだけしてくる場合もあります。
その一番簡単な方法は、批判と脅しなんです。
「そのまましていたらたいへんなことになるよ。」
「罰があたる」だれかがよくいう「地獄に落ちる」

知らないことを知るには、
相手とのコンタクトをきちんととれる関係を
誰と持つか?
私はようやく、そんな大切な仲間に出逢えました。
いつも、コンタクトとるだけで、
知らないことを知らない状態を感じることができます。
けっしてこのとき、心地よいとは限りません。
知らないことだから、気持ち悪く感じるときも。
認識できないから、
認識できるようになるまで落ち着かなかったり
これが、本質的な学びの過程なんですね。

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May 25, 2007

目的と目標と意図、意志の違いって?

目的と目標と意図、意志の違いって知っていますか?

あなたの今、目指しているモノは、

目的ですか?

目標ですか?

それはどんな意図を持ってやっていますか?

それにはどんな意志を持ち合わせていますか?

その意志は長く持てそうですか?


内観ってこんなことを自問自答してみたりもしました。

学ぶ目的、その意図は?

そんなことを少し明確にして本を読むだけでも、
フォーカスしてくれる情報が違ってきます。

速読でも使いますよね。

どんな解釈を乗せて情報を送るか?
どんな解釈で情報を受け取るか?

これってすべてのコミュニケーションにあてはまります。

コミュニケーションって人と人とだけじゃないですからね。
情報すべてですね。

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May 19, 2007

いじめってどうして起こる?

学校に行くということはどういうことでしょうか?

義務教育として、必ず、中学まで、学校に行くことが
当然とされていますよね。

その学校で起こるいじめ・・・。
いじめの原因をいろいろ考察している専門家の方もいらっしゃいますが、

簡単にいっちゃえば、コントロールなんです。
(他にもいろいろ考えられることはありますが、今日はコントロールに話題を絞らせてもらいますね。)
何かをコントロールする為に、起こるんですね。
クラスや、自分の都合のいい友達を作る為だとか?
誰かをターゲットにすることで、他の問題を棚上げにすることが出来るんですね。
アメリカが冷戦したり、テロをターゲットにするように・・・。

私もいじめにあったことありますよ。
この役目を誰かがすることで、秩序が保たれるんですよね。
今は、コントロールをすることが蔓延しているコミュニケーション社会です。

コントロールをやめれば、いいのにね。

私は、コントロールをやめました。
人をコントロールしようとすれば、
お互いそのコントロールコミュニケーションのやり取りになります。
私は、コントロールをやめたので、だから、私をコントロールする事は出来ません。
治療でも、私は出来る限り、介入しません。
クライエントさん自身が選択して元に戻ってもらう方向を示す標識になるだけです。
依存的な方は、私の治療を非難されます。
(コントロールを望んで来ているんですから。)
自分をきちんと持っている方は、一回の治療でほとんど元に戻ります。

話変わりますが、コントロールすることでコミュニケーションを取ろうとする時、
相手が、コントロールできないとわかると、今度どうすると思いますか?

非難、批判、誹謗、中傷によって、攻撃するんです。
そして、存在自体を否定するんです。
存在を否定するという行為で、
その方を最後まで、コントロールしようとするんです。

自分の思い通りになるように、それが妄想でもいいんです。
外側に向かうと非難、中傷、そして、その方を全否定するんです。
しかし、自分自身の内側に対して向かうと、
自己否定になります。そして、
それが、鬱になったり、精神的な病になったりすると私は思っています。
妄想や幻聴もそうかもしれませんね。

私自身の場合は、
妬みや誹謗、中傷、批判、非難には、
私に感心を持ってくれてありがとうって思っています。
私のとても好きな言葉「ありがとう」で、相手の感情を流すことで、
影響を受けないようにしています。

批判ではなく、きちんとした助言の一部になりうる、耳の痛い批判は
できるだけ、聞き入れられるように努力しています。
それでも、人間だから、その時は、腹も立てるかもしれません。
でも、きちんと後で、振り返って、聴く耳を持っていたいと思っています。
そんなあり方の出来る人間でありたいといつも心がけています。
まだまだですけどね。

その誹謗、中傷、非難もそれに動じないで、いると、最後は
脅威に変わるんですね。何をしてもコントロールできない相手となるんですね。
いじめって立ち向かうとなくなるってよく言いますよね。
それはこういう心理的側面があるんです。
完全にコントロールできないとわかると、あきらめるんですね。
そして、関わりを持たなくなるんですね。相手の方から・・・。
だって、相手にとって、
もう、コントロール出来ない脅威の存在になってしまったのですから。
でも、なかなか立ち向かうことってできないですよね。
そんな時、逃げてもいいんですよね。
そのいじめる相手からコントロールされないところまで。

その手助けが出来るのは、世界中で親しかいないんですよね。


あなたは何をコントロールしたいですか?
何をコントロールしていますか?

私は、自分自身の使い方をきちんとしたいですね。
けっしてコントロールではなくて、・・・(^_^)v

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May 18, 2007

学校に行かない?いけない?どっち?

少しだけ、不登校について時々、書いています。

不登校と一括りにするのはちょっとムリがあるような気がします。

簡単に言っても、
“学校に行かない”のと“学校に行けない”のは違いますよね。
選択心理学的にはどちらも行かないって選択しているのかもしれませんが・・・。

“行かない”って決めた理由はなんでしょうか?
そのことがとても大切ですね。
行かないって理由、その方なりの考え方、なにかしらがあるんですね。

そこに、両親の関係もかなり影響します。
もし、母親が、子供の面倒を見ることだけが生き甲斐だと思っていたとしたら、
「子供の面倒を少しずつ見れなくなる=子供の成長、親離れ」という
とても素晴らしい、ことなんですが、
面倒を見ることに母親が自身の存在価値や生き甲斐を見いだそうとしていたら、
「子供の面倒をすこしずつ見れなくなる=自分の生き甲斐が減る、存在がなくなる」
になるんです。
そうすると、いつまでも、自分が面倒見ないとだめっていうように、
子供をコントロールし始めます。

それに反抗する形で、不登校、引きこもりって起こったりもします。
親からのコントロールに対して、
もしかしたら、精一杯の抵抗をしているのかもしれません。

それが、非行とも関係するでしょうし、
最近の、リストカットや、薬物依存にもつながるのかもしれませんね。
中高生の不眠症がかなり多いと聞きます。

親のコントロール下にない、自分自身を作ろうと必死なのかもしれませんね。
自分自身を守る為に・・・。

“行けない”理由もなんでしょうか?
そこにもなんらかの理由があります。
でも、たぶん、大人には言いません。

どちらの理由も大人には言いません。

どうしてか?大人の対応をされるからです。
「大人の対応って、どういうこと?」って、思われるでしょう。

それは、
「それぐらいの事で・・・」
「そんな弱いこと言ってたら・・・」
「私たちの頃は我慢して・・・」
「人生の中で、もっと辛いことがいっぱいある。それぐらいのことで・・・」
「そんなことばかり言って、ただ、したくないだけでしょ。」
「わがままなだけでしょ。」
あげくの果てには
「そんな子に育てた覚えはありません。」って言われたり、
「お友達の○○ちゃんを見習いなさい。」

私たちの子供時代と今の子供時代は全然違いますよ。
誰でも、弱いですよ。
でも、強い部分も持っていますよ。
身体も心も弱っている時には、強くなれって言ってもムリですよね。
風邪ひいて、熱があっても私は元気だって言えますか?

学校に行くことが前提でお話をすると、大人の対応なんですね。
学ぶってことはいつでも出来ること。
いつから、初めても遅いってことはないです。

だから、どこにスタンスをおいて話を聴くか?ですね。
何かトラブルが起きた時、大人の対応で、上手くいくのは
大人の対応で、物事をごまかせる時かもしれませんね。
本当に心も身体も向き合わせる時、
違う対応になっているのかもしれません・・・。

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April 26, 2007

過保護は精神(こころ)への虐待かもしれません

虐待というと、
肉体的な部分が多いですよね。

蹴ったり叩いたり、煙草の火、食事を与えない、など・・・。

でも、心への仕打ち
それが、過保護かもしれません。
これは精神、心への虐待です。
心が成長することを妨げる行為だからです。

過保護にはコントロールということも大いに関係します。
子供の人格、人生への虐待でもあるかもしれません。

子供の人生を心配することと、子供の人生を自分の思い通りにすることは違います。
よく、母親が私が叶えられなかった夢を叶えてくれた。っていうことありますよね。

それって、あなたの夢であって、子供の夢だったのでしょうか?
子供は、親を喜ばせたい為に頑張っただけではないでしょうか?

親の背中を見て、親の職業に憧れを持つ事はあります。
それは、親の人生のあり方に共感したからなんですね。

幼稚園の頃からレールを敷かれた道を歩み子供さんもいます。
レールを敷く事自体は、かまわないと思います。
一度敷いたレールを頑なに守ろうとする姿勢に問題あります。
それは、誰の為?

しかれたとおりのレールを終えて、いざ、自分がしたい事を考えた時、
「自分の本当にしたかったことは違う。」
「自分が何をしたいのかわからない」となって、
「それもこれも親の背・・・」となるとどうなるでしょうか?
家庭内暴力になるかもしれません。
自暴自棄になるかもしれません。

ただ、もてあましたエネルギーの使い方を知らないのです。
今までは先に引かれたレールの方向に使えば良かったのですが、
そのレールを自分で引けないのです。

なにがしたいかわからない。
そんなことを、もし、子供さんが言った時、
それは、子供さんの人生を
親がコントロールすることが出来なくなった時かもしれませんね。
今まで、もしかしたら、コントロールしようとしていたのかもしれません。
しつけとコントロールは違います。
それは、親が自分自身を大切にしているかどうかが関わってきます。
自分自身を大切にして、同じように子供さんも大切にする。

待つことも愛情なんですね。
見守る事も・・・。わざと突き放すことも。

育ててくれることに本当に感謝される為には、
それぞれのあり方が大切だと思います。

私の親は今でもコントロールします。
でも、私がコントロールすることをやめたので、
私にはコントロール出来ないって思っているようです。

育ててくれたことに感謝しています。
生まれてくる為には、必ず、両親がいたからです。
そして、親に感謝する、親を許すという事は、
細胞レベル、遺伝子レベルで自分自身に感謝、許しているんです。

なかなか難しいですよね。私もようやく、許す事が出来そうですね。

それは、自分自身ときちんと向き合うってことなんです。
自分のルーツですからね。
今となってはそれもありですよね。

私は環境における虐待?だったかもなんて、今は、冷静に見返しています。

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April 18, 2007

不登校

不登校について

学校に行かない
学校に行けない

どちらも不登校ですよね。

でも、2つはまったく違うんですよね。

それと、「学校に行くこと=普通のこと」ではないんです。
学校に行くことがすべてではありません。

私は、数年前(8年近く前になるかなぁ)に
不登校のお子さんを家庭教師したことあります。中学・・・。

高校からは、風の便りで、学校に通っていると聞きました。
担任の先生の配慮などもあって、高校に無事合格出来、
高校は皆勤目指すって頑張って通っていたそうです。

何かのきっかけがあれば、変われるんですね。

その生徒と高校進学について話した時、

生徒は
「高校に行きたくない。」「卒業したら、勤める。」
そうしたら、「自分でお金を稼いで、好きなモノを買える。」
っていうんですね。

私は、「高校に行く行かないは自由だと思う。」
「働くのもかまわない。」
「ただ、何の仕事をしたいのか?明確な目標はあるのか?」
「何か目指すモノがあって、その為には高校に行くよりも違う選択をした方が近道になるような場合もあると思う。職人を目指すとか・・・」
「もし、本当に高校に行くことよりも、自分がしたいことがきちんとあってその為に高校に行かないって選択するのであれば、私も味方になって、お母さんを一緒に説得する。」
「でも、今の高校に行きたくない理由は単なる逃げているだけではないか?」
「同世代の友達が、嫌々でも、高校に行って、3年間毎日、机に向かって勉強している時間、それに変わるだけの何かをしないといけないと思うよ。その何かがあるのなら、高校進学がすべてではないと私は思う。」
「そうしないと、あなたは、これから先も一生逃げ続ける人生を送ることになるよ。」って言いました。
「私の仲の良い友達で、家庭の事情などもあって、働きながら定時制に通っている
友達がいる。とってもしんどいけど、毎日休まず通っている。仕事を5時に終わって
6時から毎日3時間・・・。」って話もしたり、

逃げていることに気づくこと。
そして、逃げなければ、いつでも味方になること。
失敗しても、そのことについてはいつでも、サポートする。って
そんな気持ちで接することがその当時は大切だと思っていました。

まだまだ、セラピストとして、トレーニングを受ける前の話ですけどね。

コントロールをやめることですね。
それが、すべての始まりですね。きっと。

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March 27, 2007

どんな学問分野でも・・・

「どんな学問分野でも、それなりの前提を作って話を始める。
 その際、勝手にそれなりの前提を作っておいて、それを自分の都合で勝手に壊す。
 その壊すことによって生まれたモノを“発見だ”と言って騒ぐ。」
「これを、“マッチ・ポンプ”という。」

治療の世界でも、心理学の世界でも、物理の世界でも、まず、は前提(過程)を作って物事に取り組みますね。
そして、その過程(前提)を逸脱する結果になったら「発見」になります。

よく日記などに、自分の悩みなどを書きながら、書き終わった瞬間に
「あっ、そうか」って気づくことってありますよね。
悩みを書き出す事で生まれる“発見”なんですね。

もしかしたら、答えは自分の中に元々あって、
今の自分自身の考え方を壊すことで、本心を“発見”したのかもしれませんね。
これも“マッチポンプ”だったりして。(^_^)v


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物知り顔は知を拒む

“A KNOW-IT-ALL REFUSES KNOWLEDGE”
“物知り顔は知を拒む”


知らないことを素直に知らないといって
教えを請うコトの出来る人
知や気づきが待っている

あの人に言っても・・・
そう思われたら知は遠ざかる

自分で得られる情報は少ない

そんなことに気づく言葉

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March 17, 2007

「Confusion is Learning」

「Confusion is Learning」
=「混乱は学びの最中である」

何か新しいものを学ぶ時、
自分自身に何が何かわからないというような混乱が生じます。

試験勉強や学校の勉強なら、
それにはきちんと新しい解き方、答えの出し方があります。

スポーツなら、そのスポーツにあった身体の動き方を学びます。
それが出来るようになるまで、混乱しますね。
ダンスのステップなんかそうですよね。
足が絡まって転けそうになったりしますよね。


「なにがなんだかわからない」と思った時、
それは、もしかしたら、
学びのチャンスかもしれません。

ただ、ここに相手が意図して作った混乱もあります。

この場合は、注意してください。

この混乱が自分にとって、自分自身の学びとって必要かどうかを
考えるのではなくて、身体全身、心も含めた、魂全体で、感じて
その声を聴いてください。

そうすることで、必要な学びかどうかを自分自身にきちんと問うってください。
学びの質と量がとても大切です。それは暗記でなくて・・・。



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February 25, 2007

何をどうしたらいいかわからない(テスト勉強編)

どんなに点数がすべてではないといっても、
今の制度では、点数で評価されるわけですよね。

どんなに頑張りが良くても点数で入試の合否って決まりますよね。
推薦でも、なんらかの点数が影響しますよね。

私は、点だけにこだわる教育に疑問はあります。
でも、点を取る術を知ることは、大切ですよね。

それは、何かをする時、それをどう克服するか?を
考えるプロセスは似ているからです。

まず、テストの点について、
もうすぐ、期末テストですよね。
何点取りたいか?を明確にすることです。
ここで、注意して欲しいのは、平均点を取る。って目標です。
平均点って?何点ですか?
何点とれば、平均点という目標を達成出来るの?

よく、みんなと同じくらい○○している。
それってどれくらい?って私は聴きます。
あなたが、
具体的にどれくらい?
何?を
どのようにしたか?が 
大切なんですね。

例えば、数学を70点取りたい。
その点数目標があって初めてやるべき勉強の仕方があるんですね。
90点取りたい人と70点取りたい人の勉強方法は違います。
それも前の点数が50点で次70点取りたいのか?
前も70点くらいだったので、今回も同様に70点取りたいのか?によっても
違ってきますよね。
数学についてもう少し具体的に言えば、
数学が苦手なので、とりあえず、50点を目指したいと目標を立てるとしますね。
ここから、何を、どう勉強して、どこで何点取って、加点して50点にしていくか?
を考えるんですね。
まず、計算問題がおよそ配分として30点あるから、それを今のレベルだったら、
70%くらいの正答率なので、それを90%にしよう。そうすれば、27点とれる。
その為には、今の計算ミスの癖を無くす。その為にこの問題を練習する。
27点とったら、目標までに、あと、23点必要ですね。
今回の範囲で、あと図形の角度が10点くらいかなぁ。証明が20点くらいかなぁ。
確率が20点くらいかなぁ。応用問題が10点くらい。と考えると、
角度を完璧になるまで練習しようか?
そうしたら、10点とれるから、37点になって、残り13点
証明苦手だけど、個々と個々を抑えて、部分点を取りに行くような勉強法だってある。そうすれば、5点くらいは確実にとれる。簡単な問題なら、そのまま、完答だって出来るかもしれない。
残り7点、これを確率で取ろう。って感じでやっていけば、
今、何を勉強しなければいけないか?がわかってくる。
ただ、なんとなく、勉強していても、なんとなくしか覚えないでしょう。
テストは点数を取りに行くもの。

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February 04, 2007

習得

運動の習得する時は
思考はそのまま “表現”が削られる


その際、知覚系が働く

運動系は
 いつも試行錯誤をしてくれています

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January 16, 2007

志望校って?

受験シーズンですね。

先日、地元で有名な天神さま(綱敷天満宮)に今年のご挨拶をしに伺いました。

何げなく、絵馬を見ると、
○○高合格!
○○中合格!って書いてあって、がんばれって応援したくなりますね。

なぜなら、私も1人だけ、家庭教師をさせて頂いている生徒さんがいます。
今年受験ではないのですが・・・。

その中で、気になったのが、「志望校に合格しますように!」
って、書いてある絵馬
昔の自分だったら全然気に留めなかったのですが、妙に気になったんですね。

私の所はかなり田舎で閉鎖的だったり、超保守的だったりします。
だから、かなり私自身浮いているんですが・・・(笑)。
(↑出逢ったコトのある方は納得されるかもしれませんね。)

県立○○高校と聞くとすぐにランク分けを無意識でするような地域ですね。

だから、目指しているところがどうしてもランクが低いとされる学校の場合、
恥ずかしくてあまり口に出して言えない生徒もいます。
親御さんでもそういう方いらっしゃいます。
関係ない人もいます。

また、受験にデリケートになっていない人は絵馬を書いてお願いするという
行動をあまりしないと思います。
絵馬には、本名を書きますよね。地元だと、もしかしたら誰かが見るかもしれません。
そんな時、
ランクの低いところを書いていたら
恥ずかしいという気持ちがあるというコトを聞いた事があります。
それで「志望校合格」と書くと・・・。

また、○○校と書いていて、もし、ダメだったらどうしよう。
そんな気持ちが
いつでも目標が変えられる「志望校」という言葉になっていることも考えられます。
(自分の心の中にある目標はいつでも変えられるし、妥協できるんですね。)


何かをする時、意図(意思)方法(手段)の割合はどれくらいか?って
アメリカではよく、セラピストのトレーニングなどで聞くそうです。
どれくらいの割合だと思いますか?






答えは 意図 99%」「方法 1%」だそうです。
意図って目標と置き換えるコトが出来ますよね。
例えば、
車という乗り物(方法・手段)があっても行き先(意図)がなければ
その車は止まったままですよね。

ということは受験置き換えると、
志望校が決まらないのに、
どんな方法やどこをどれくらい勉強すればいいかはわかならいということ。

○○校って決まった時点で、どれくらいの点数が必要で、
今、どれくらいの点数しかとれていないから
あと□□点取る為には、△△教科を何点 ●●教科を何点必要。
その為には、××分野の問題の最低ここまでは出来るようにする。
その為に、必要なテクニックがあってそれを・・・。

志望校を絵馬に敢えて書く必要はないけど、ちゃんと決めているのかなぁ。
って思いました。

今週末、センター試験ですね。
あと、何日あって、これとこれはしておきたい。その為には時間をどう使って・・

試験について、私がいつも教え子に言う事。

「試験は頑張るモノではない。試験は、泥臭く、どんな小さな部分点でも拾い集めるように、最後まで、時間の限りすること。決して諦めることはやめる。」
「どん欲に、出来る問題をきちんと解く。」
「頑張るのは試験の前まで。だから、今頑張りどころ。」



P.S.
勇気をもらう言葉。
賭ける
自分を賭けることで力が出てくるんで、
        能力の限界を考えていたら何もできやしないよ。
(「強く生きる言葉」岡本太郎より)

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December 24, 2006

ポール=ミシェル・フーコー

不登校や学びについて
いろんなコトを学ぶ中で出逢った、フーコーという人

この人の本が欲しかった。
1.狂気・理性
2.文学・侵犯
3.言説・表象
4.権力・監禁
5.性・真理
6.生政治・統治

プレゼントに
私のとても大切で、とても大好きなヒトからいただいた。

とても嬉しかった。
この本は一生大切にしたいと思います。
ありがとう。とても嬉しかった。
かけがえのない本になりました。

フーコーの考え方がもっと広まれば、
不登校なんてなくなると思うのはわたしだけだろうか?

どんな品物でも、その品物の背景に想いがつまった物語がある時、
ヒトは惹かれ 物の価値以上の愛着が加わるのでしょう。

どんな物にも物語がある。その物語を提供でき、共有出来るものって
沢山の方に売れる品物になったりするって
あるマーケッターから聴いた事があります。

全ての物の裏にある物語を買っているのかもしれませんね。

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October 25, 2006

暗記

昨日に続いて
「暗記」について

暗記するって、ただ、覚えるだけ。

だから、努力したかどうかがはっきりわかる。

でも、ただ、覚えるってなかなかできないんですね。

何か印象に残らないと、脳へは記憶されにくいわけで・・・。

書いて覚える。読んで覚える。いろんな覚え方があります。

高速暗記法についてある本を何冊か読んだことがあります。

ここに書いてあるのは、視覚的な部分を使って、覚えることが書いてありました。

それは、簡単にいうと
教科書や参考書、問題集、資料集などを、
そのページのどの辺りにあるか、ページごと1つの絵のように覚える。

歴史でいうと、ある資料の写真は資料集の右下の辺りにあって、
定期テストの初めの左上に出ていた。というように。
そうすることで、内容(言語)と資料(絵)がリンクしやすくなる。

たぶん、
勉強が比較的自然と出来る人は、何も考えなくてもやっているのかもしれない。

たまに、思い出す時に、
「あそこの下の方に書いてあったんだけどなぁ。」とかってことありますよね。


暗記について
私は、キーワードとストーリーが大切だと思うんです。

常にそれがあれば忘れない暗記になるんですね。

キーワードとは、自分が好きなコトに繋がる言葉を探すんですね。

サッカーが好きな人なら、好きなサッカー選手の名前に似てるとか、

一番スーッと入ってくる言葉を見つけて欲しいですね。

ちゃんと順番通りに覚えなきゃなんて考え方は効率もやる気も減っちゃうだけ。

やりたいところからやる。でいいと思うんですね。

そこから、ストーリーを作って覚えていけばいいんですね。

歴史って(ヒストリー)ですよね。これってHis Storyなんですね。

彼の物語。だから、歴史は必ず、人物を覚えることなんです。

どんな出来事でも必ず、それをした人が存在するんですね。

その他の暗記も自分が好きなことろから入っていけばいいんですね。

そうすることで、ストーリーが生まれ、忘れなくなるんですよね。

ヨーロッパのサッカーに詳しい人は、ヨーロッパの地名はめちゃめちゃ詳しかったり・・・

自分と暗記するモノとの間にストーリーを作ることでどんどんストーリーが広がって
それが忘れない暗記になるんですね。




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October 24, 2006

学び

久しぶりに学びについて

私は学びに一番大切なことはアウトプットだと考えています。

アウトプットできれば、インプット出来ているんですね。

それは、アウトプットした時点で、その人の内側にインプットされているから

外にアウトプットできるという前提が存在するんですね。

だから、アウトプット出来るかどうか?ここに重点を置いています。

そこで、一番良い方法は、音読なんですね。

音読すると、インプットもアウトプットも同時にしているんですね。

それも五感をフルに使って・・・。

目で見る。声に出す。身体が振動する。それを聴く。

学校によって違いますが、二学期のテスト期間中の時期ですよね。

テスト範囲の問題を音読するだけでも、かなり学習効果あがりますよ。

暗記だったら、問題と答えを音読してみるって方法もおもしろいですよ。

電流などの問題ってどうして、あんなに難しく教えるのかなぁって。

また、関数の本当のところを教えないのかなぁって。

式が表している本当の所を教えると
関数や物理ってもっと身近で楽しいモノになるといつも思っちゃいますね。

エニアグラムってそんな意味ではすごいツールだと最近ますます思います。

セミナーのコンテンツを作ろうとエニアグラムの円をいくつか描いたら
できちゃったし・・・。

マインドマップは絵心がないと難しいモンね。
それとそれなりに大きな用紙でないと思考の広がりが難しかったり・・・
でも、子供の頃から楽しく学ぶ為にはとてもすてきなツールだと思っています。

私はどっちもその用途に合わせて使い分けできればいいのかぁって思います。

P.S.最近、やっているコト
私は、すぐに真似る。
これをパクリングって私は言ってます(笑)
NLPのモデリングよりももっと深いところでシンクロニシティや共感覚を意図的に作ることができれば、かなり早く学ぶことができるようになることに気づきました。
これって、とてもおもしろいんですね。
でも、なかなかとんでもなコトかもしれませんね。


私もどんどん、アウトプットしていこうかなぁ。

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October 18, 2006

いじめと自殺「親に心配をかけたくない」

あるカウンセラーの独り言

いじめを苦にした自殺のニュース

今、どのチャンネルでももういいって言いたくなるくらいやっています。

私のブログもたくさんあるブログの中に埋もれてしまっているかもしれません。

いろんな人に批判されることを覚悟で書きます。

そして、今、いじめに苦しんでいる人に読んで欲しいです。

「親に心配かけたくない」私も小さい頃そうでした。

しかし、唯一「心配をかけてもいい」「どんなワガママを言ってもいい」

それが家族です。それらの全てを、すべて温かい愛情で受け止め、時には叱り、

時には温かく、包んでくれる、それが家族です。

そして、そんな家族の中に思いやりが生まれます。

家族に遠慮している子供が多すぎます。

子供が家族に遠慮するような家族っているのですか?

そんな家族って楽しいですか?

親は子供の背中で子供の悲しさをちゃんと感じるアンテナを磨いて下さい。

背中は泣いていたはずですよ。

無意識はずっと、SOSを送っていたはずですよ。

親御さんへ、大切なお子さんを亡くされたことにはお悔やみ申し上げます。

でも、なぜ、最後の砦になってあげれなかったのですか?

子供を守れるのは、世界中探しても、親しかいないのです。

子供に気を遣わせるような親でいいのですか?

親だって人間です。失敗もするし、間違いも言う。

私もそう。

でも、そこに愛があれば、ただ、ぎゅっと抱きしめることが出来れば、

いいと思う。

私はそうして貰えなかった。親の顔色ばかり見て育った。

いじめに遭ったこともある。

親が私に遠慮していた。私は大丈夫と勝手に思いこんでいた。

私に体当たりして来てくれなかった。でも、過去のこと。

しかし、最近の引きこもりやいじめのニュースを見るといつも思う。

親が子供に体当たりしていない。自分が作った子だろ?

そういいたい?なんとかしろよって。

自分もそういいたかったことがある。

今はもうそんな親をも許せるようになりましたが・・・。

先生だって人間です。確かに、最近の先生の質についていろいろ意見があると思う。

そうなら、学校に行かせなきゃいい。

乱暴だけど、子供を守るためならそれでいいと思う。

そういう意味でなら、不登校でも何でも、いいと思う。

大検だって受ければ、大学に行ける。

子供と、もっとちゃんと向き合ってほしい。

もっと、子供の無言のSOSに気づいて欲しい。

メールや携帯などのツールが無くても、

元々持っている、人間本来の心と心を繋ぐアンテナを使って・・・。

いつも、学校側の責任とか、いじめがあった無かったの水掛け論になる。

そんなどうでもいい。

学校という組織がそう簡単に変わるとは思えない。

現場の先生でとても努力されている先生も多くいます。

でも、最後の砦は学校ではない。家族ですよ。

家族の誰かが、そのSOSに気づいて欲しい。

お願いです。

カバンの中の本を見てください。

明らかに変な落書きはありませんか?

靴下がいつもより汚れていませんか?

学校の話を聴いた時、一瞬の表情の曇りをみつけてください。

その時、右上を見て話しているかどうかちゃんとみてください。

心からの笑顔かそうでないか?ちゃんと感じてください。

子供さんの背中を感じてください。

そして、必ず、受け取ってください。

絶対に直接聴かないでください。

そんなことをしても、気を遣う子供さんは絶対に話しません。

絶対に死なせないでください。

だって、

全ての人が幸せになるために生きる権利があるんですよ。

幸せになる為に生まれてきているんですよ。

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October 05, 2005

勉強法 

いろいろな勉強法がある
最近の勉強法は右脳を使った方法が多い

どの方法も一理ある 工夫がみられる
かなり脳の記憶のメカニズムに添っている
自分が現役の頃知っていたらどんなに楽に勉強できたか
勉強している人が 方法を変える
すると 効率が上がる 成果も出る
しかし 勉強しないと結果は出ない
方法ではない 根本には人である
どんないい勉強法でもやらないと意味がない

いろんな勉強法がある 人によって相性はある
でも すべての基本 「読む」 「書く」 「計算する」
日頃の積み重ねが必要である

勉強法をこのブログに書くとキリがなくなる
かなりいろんな方法があり いろんなアレンジもするし カスタマイズもする 
生徒の性格や得意な思考に合わせる





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