セラピストというきっかけ
November 23, 2007
逃げずに正直に生きることに“ぎもん”かなぁ
正直に生きないとダメっていうのはホントかもしれないし、ウソかもしれない。
「逃げずに正直に生きていれば、差別されながらも道は拓けてくる__
君たち夫婦はそう考えたんだろうね。若者らしい考え方だ。
しかし、それはやはり甘えだ。
自分たちのすべてをさらけだして、
その上で周りから受け入れてもらおうと思っているわけだろう?
仮に、それで、無事に人と人との付き合いが生じたとしよう。
心理的に負担が大きいのはどちらだと思うかね。
君たちのほうか、周りの人間か。」 (ある小説より抜粋)
(ある小説については最後に明記)
「正直に生きる」
正直に生きることは、自分への甘えになる。と言っている。
例えば、
「すべて、私はちゃんと話したんだ。どうだ?
これでもまだ、私のコトを受け入れられないのか?」
(ここからは心、無意識の声・いわゆるサブリミナルなメッセージ)
「これでも受け入れられないあなたは最低の人間だよ。」
「さぁ、どうする?」
「受け入れてくれる?」
って無意識の言葉が聞こえてきそう・・・。
または、
「あなたも正直になりなさい」
って、意思が正直に生きることで相手へのメッセージとしてないだろうか?
自分の心の内を隠さず話すコトも大切な事。
でも、隠すことで得られる人間関係があるとしたら・・・
そんな人間関係はいらないと言い切れるだろうか?
社会において・・・
カウンセリングやセラピーで自分をさらけ出すってことの大切さ
そうする事で得られることはたくさんある。
そして、
さらけ出すことで本当に得られる友や仲間ってとてもステキな仲間だと思う。
それは、一生に一握りしか、出逢うコトのない、大切な仲間であり、友であり、
パートナーになるかもしれない。
でも、そうやって同じエネルギーレベルで通じ合うコトが出来る出逢いって
そうたくさんは訪れないのではないでしょうか?
だからこそ、出逢いって大切なんですね。
私はそんな仲間や友、パートナーに出逢えました。
でも、それは、ほんの一握り・・・。続きを読む
「逃げずに正直に生きていれば、差別されながらも道は拓けてくる__
君たち夫婦はそう考えたんだろうね。若者らしい考え方だ。
しかし、それはやはり甘えだ。
自分たちのすべてをさらけだして、
その上で周りから受け入れてもらおうと思っているわけだろう?
仮に、それで、無事に人と人との付き合いが生じたとしよう。
心理的に負担が大きいのはどちらだと思うかね。
君たちのほうか、周りの人間か。」 (ある小説より抜粋)
(ある小説については最後に明記)
「正直に生きる」
正直に生きることは、自分への甘えになる。と言っている。
例えば、
「すべて、私はちゃんと話したんだ。どうだ?
これでもまだ、私のコトを受け入れられないのか?」
(ここからは心、無意識の声・いわゆるサブリミナルなメッセージ)
「これでも受け入れられないあなたは最低の人間だよ。」
「さぁ、どうする?」
「受け入れてくれる?」
って無意識の言葉が聞こえてきそう・・・。
または、
「あなたも正直になりなさい」
って、意思が正直に生きることで相手へのメッセージとしてないだろうか?
自分の心の内を隠さず話すコトも大切な事。
でも、隠すことで得られる人間関係があるとしたら・・・
そんな人間関係はいらないと言い切れるだろうか?
社会において・・・
カウンセリングやセラピーで自分をさらけ出すってことの大切さ
そうする事で得られることはたくさんある。
そして、
さらけ出すことで本当に得られる友や仲間ってとてもステキな仲間だと思う。
それは、一生に一握りしか、出逢うコトのない、大切な仲間であり、友であり、
パートナーになるかもしれない。
でも、そうやって同じエネルギーレベルで通じ合うコトが出来る出逢いって
そうたくさんは訪れないのではないでしょうか?
だからこそ、出逢いって大切なんですね。
私はそんな仲間や友、パートナーに出逢えました。
でも、それは、ほんの一握り・・・。続きを読む
November 13, 2006
昨日は映画を観ました
「手紙」公式サイト http://www.tegami-movie.jp
その感想を詩にしました。私がこっそりたまに書いているブログです。
(実はリンクの一番下から三番目の詩(ココロ)ってリンク密かに張っています)
http://blog.livedoor.jp/restore_neutral_poem/archives/50892819.html
この映画はどこかリンクしていて、かなり泣いてしまいました。
映画を観て涙を流したのは、何年ぶりだろう・・・
記憶が正しければ、
小学校の時、ビデオで観た「忠犬ハチ公物語」だったような・・・
映画でこんな泣いたのは・・・
とてもステキな映画でした。
でも、重い(想い)内容でした。
私も、昔、家族を捨てようと思ったコトがあります。
兄弟のコトを聴かれて、人に話せなかったこともあります。
私の兄は精神疾患で入院していたこともあります。
私の目の前で自殺を図りました。
「兄は?」と聴かれて、{精神病で・・・」なんて言えませんでした。
今でも、兄について、
家族について聴かれて話すのはとても苦しくなる時があります。
でも、兄も苦しかったですね。
今はその家族と向き合っています。そして、兄の病状もかなり改善しています。
TFTに出逢って、それを兄に教えて、
自分でセルフタッピングをするようになって
兄の強迫神経症の症状は劇的に変わりました。
私の船酔い、電車酔い、などの乗り物酔いも無くなりました。
そして、それがカウンセラーになると決めたきっかけだったりします。
いろんなコトがあって、いろんな経験を手に入れました。
あと、手に入れたいモノは・・・
もちろん“お金”“MONEY”がほしい。
声を大にして言いたい。
何を書いているか解らない日記になりました。
その感想を詩にしました。私がこっそりたまに書いているブログです。
(実はリンクの一番下から三番目の詩(ココロ)ってリンク密かに張っています)
http://blog.livedoor.jp/restore_neutral_poem/archives/50892819.html
この映画はどこかリンクしていて、かなり泣いてしまいました。
映画を観て涙を流したのは、何年ぶりだろう・・・
記憶が正しければ、
小学校の時、ビデオで観た「忠犬ハチ公物語」だったような・・・
映画でこんな泣いたのは・・・
とてもステキな映画でした。
でも、重い(想い)内容でした。
私も、昔、家族を捨てようと思ったコトがあります。
兄弟のコトを聴かれて、人に話せなかったこともあります。
私の兄は精神疾患で入院していたこともあります。
私の目の前で自殺を図りました。
「兄は?」と聴かれて、{精神病で・・・」なんて言えませんでした。
今でも、兄について、
家族について聴かれて話すのはとても苦しくなる時があります。
でも、兄も苦しかったですね。
今はその家族と向き合っています。そして、兄の病状もかなり改善しています。
TFTに出逢って、それを兄に教えて、
自分でセルフタッピングをするようになって
兄の強迫神経症の症状は劇的に変わりました。
私の船酔い、電車酔い、などの乗り物酔いも無くなりました。
そして、それがカウンセラーになると決めたきっかけだったりします。
いろんなコトがあって、いろんな経験を手に入れました。
あと、手に入れたいモノは・・・
もちろん“お金”“MONEY”がほしい。
声を大にして言いたい。
何を書いているか解らない日記になりました。
June 26, 2006
きっかけ5
人の笑顔が大好き。
私は人の笑顔が大好きですね。
自然の笑顔。作った笑顔はすぐにわかります。
心からわき上がる感情をありのままに表現した
満面の笑みを浮かべている人の顔はどんな人でもステキです。
たとえ、どんなにかっこよくても、きれいでも、
心の底から、素直に笑えない人の笑顔は見ていて悲しくなります。
笑いはガン細胞をも撃退すると最近は言われています。
小さい頃から
私は人の顔ばかり気にする子供でした。
笑顔でなければ、それだけで不安になりました。
で、無意識に、愉しませよう、喜ばせようと頑張っている自分がいつも居ました。
私は、根っからのファシリテーターなのかもしれません。
最近は、自分が笑顔になって、
その笑顔が私と触れあう縁のある人達みんなに
伝わればいいなぁと思っています。
こんな心の基本的な考えが潜在的なきっかけかもしれません。
私の心と体の探求は一生の趣味となっているのかもしれません。
私は人の笑顔が大好きですね。
自然の笑顔。作った笑顔はすぐにわかります。
心からわき上がる感情をありのままに表現した
満面の笑みを浮かべている人の顔はどんな人でもステキです。
たとえ、どんなにかっこよくても、きれいでも、
心の底から、素直に笑えない人の笑顔は見ていて悲しくなります。
笑いはガン細胞をも撃退すると最近は言われています。
小さい頃から
私は人の顔ばかり気にする子供でした。
笑顔でなければ、それだけで不安になりました。
で、無意識に、愉しませよう、喜ばせようと頑張っている自分がいつも居ました。
私は、根っからのファシリテーターなのかもしれません。
最近は、自分が笑顔になって、
その笑顔が私と触れあう縁のある人達みんなに
伝わればいいなぁと思っています。
こんな心の基本的な考えが潜在的なきっかけかもしれません。
私の心と体の探求は一生の趣味となっているのかもしれません。
June 25, 2006
きっかけ4
家族に対する劣等感を持っていました。
それに気づいた時、私はこれだと思った。
私だけが出来るセラピーは家族だろう。
今、叔母の介護をしている。叔母は軽い認知症になりかけている。
ならないように一生懸命いろいろなスキルを総動員している。
お陰で現状を維持している。
体の方は徐々に歳を感じさせるようになってきている。
心臓がたまにストライキを起こすぐらいである。(やっかいだが・・・)
ホームヘルパーの勉強もした。前の仕事で、福祉用具の勉強はしていた。
そして、介護保険の勉強もした。
保険の仕事にも携わっていた。処理の為に、役に立った。
宅建の資格も資産処理に役に立った。
どこかで必ず繋がっている。
今度はこの経験が役に立つ時だろう。
それがセラピストではないか?
兄の離婚の話合い直接、相手のお父様と話し合った。
相手のお父様と私がお互いの離婚届けの保証人としてサインした。
ここでも修羅場だった。
まず、自分自身のストレスケアにいろんなことを学んだ。
初めは、多少、現実逃避もあったかもしれない。
でも、学んだ事が良かったのでしょう。
出逢った先生、仲間が良かったのでしょう。
それから、身体と心の関係を模索し始めた。
いろんな事を学んだ。
癒す為にヒーリングも学んだ。
カウンセリングも学んだ。
そしてたどり着いた。
自分の面倒を看る。これができれば、
すべてなんとかなる。
自分の面倒をみる。
「自分を知る。相手を知る。違いを知る。どうすればいいか知る。」
私のセッションのテーマです。
「部分は全体に影響し、全体は部分を補う」
これは体に対するセッションのテーマです。
それに気づいた時、私はこれだと思った。
私だけが出来るセラピーは家族だろう。
今、叔母の介護をしている。叔母は軽い認知症になりかけている。
ならないように一生懸命いろいろなスキルを総動員している。
お陰で現状を維持している。
体の方は徐々に歳を感じさせるようになってきている。
心臓がたまにストライキを起こすぐらいである。(やっかいだが・・・)
ホームヘルパーの勉強もした。前の仕事で、福祉用具の勉強はしていた。
そして、介護保険の勉強もした。
保険の仕事にも携わっていた。処理の為に、役に立った。
宅建の資格も資産処理に役に立った。
どこかで必ず繋がっている。
今度はこの経験が役に立つ時だろう。
それがセラピストではないか?
兄の離婚の話合い直接、相手のお父様と話し合った。
相手のお父様と私がお互いの離婚届けの保証人としてサインした。
ここでも修羅場だった。
まず、自分自身のストレスケアにいろんなことを学んだ。
初めは、多少、現実逃避もあったかもしれない。
でも、学んだ事が良かったのでしょう。
出逢った先生、仲間が良かったのでしょう。
それから、身体と心の関係を模索し始めた。
いろんな事を学んだ。
癒す為にヒーリングも学んだ。
カウンセリングも学んだ。
そしてたどり着いた。
自分の面倒を看る。これができれば、
すべてなんとかなる。
自分の面倒をみる。
「自分を知る。相手を知る。違いを知る。どうすればいいか知る。」
私のセッションのテーマです。
「部分は全体に影響し、全体は部分を補う」
これは体に対するセッションのテーマです。
June 23, 2006
きっかけ3
メスを入れる決心をしてリハの勉強を一生懸命した。
それでも治りが悪い。
そこで、前から知っていたキネシオテーピングのホンモノの先生に出逢う。
そこで、キネシオテーピングに一時期はまった。
魔法のテープだと本気で思った時もある。
今でも、スポーツ選手や身体を多く使う方にはとても有効だと思う。
テープって貼ってるだけでなんだか、強そうに見えたりするわけで・・・。(笑)
しかし、テーピングも異物である。
貼られることで感じる違和感がどうもしんどい。
もともと、皮膚がとても敏感だったので、反応も早いが反発も早かった。
そこで、私のあたらなる探求が始まる。
その時、私の親戚の会社が・・・
会社にかかわっていた私は、全ての処理と借金を背負った。
私がやるしかなかった。
とてもしんどい経験だった。
売掛金の回収。買掛金の処理。各取引先との交渉。
元従業員の入れ知恵による支払いを渋られる。
また、支払ってくれない所もあった。
在庫を返品したが
その返品の品をマイナス処理してくれる物とくれないものとが
出て、買掛金の金額の食い違いの交渉・・・。
交渉の上での不渡り・・・。
元従業員が、退職金の訴訟を起こした。
(事前に退職金は出せないのでと少しばかりの金額でと
話合いを穏便にさせていただいていたのだが・・・)
ころっと手のひらを返した人たち。
足元を見た人たち。それに群がる人たち。
逆に手伝ってくれた人たち。
その人達は私にとっては一生大切にしたい人たちです。
そして、今も続く、借金の事。
連帯保証人という制度がいかに不合理なものなのか?を改めて実感している。
先進諸国で連帯保証人なる金貸しの奴隷制度を公的金融機関が
行っているのは日本だけである。
この制度、明治時代に民法を作る際、欧米の制度を真似るために、
翻訳した時、債務者主義を債権者主義と訳して、それに基づいた
お役所のお偉い方が作ったのだそうだ。
言語の間違いが発端らしい。(おいおいって感じですよね。)
一部で、連帯保証制度廃止の動きがあるのですが、
銀行のとても強い反対で全く動けていないそうです。
少し前に、ある銀行で、住宅ローンを組んで払えなくなって、
住宅を手放した時点で残債の債務は負わない。という保証の
ローン商品が出たそうだ。
これは、買った時の値段より土地の価格が下がってもそれは、
債務者の責任ではないという考え方です。
自宅を手放して出来る限りのことをしたのだから、それ以上は責は
その支払い能力を判断できなかった融資した銀行にあるというもの。
しかも、そんな融資は希、土地の価値の下落リスクはすべて債務者負担。
不動産価格下落リスクは債務者も債権者も平等に負担するのが、金融先進国の常識。
日本は・・・。
もっと言えば、欧米の金融機関に、経済の見通しも、物価下落リスクも専門の金融機関の方が、より把握しやすく、その部分のリスクも考慮して、貸し金業務を行う義務を課している。それで、資本比率、引当金などの明確な財務指標が確立されている。
支払い能力に関する審査をして払えるって思って貸したのでしょう。
その審査ミスについての責はどの銀行もとっていないですよね。
税金で助けてもらっても・・・。
ある、世界的に有名なファンドマネージャーの言葉にこんな言葉があります。
金融機関及び従業員は顧客に対して
1)金融機関の利益のためでなく、顧客のために行動する義務も、
2)専門家としての能力を生かし、思慮深い投資行動を取る義務も、
3)投資のプロとして投資能力を高める義務も仕組みもない。
逆に、雇用契約で雇用主の金融機関の利益のために働く責任がある。
言葉を変えれば、金融機関の仕事とは、顧客の資産をゆっくりと
金融機関の名義に書き換えることに他ならない。
その通りだと思う。本当に儲かる話は自分のところでやりますよね。
話それました。
この一連の処理で私は20kg太ってしまった。
今も痩せていない。
まだ、片づいていないからかもしれない。
太ることでのメリットを最近わかった。
太っていることで、体の感覚や感情が鈍感になれる。
そうやって無意識が私を守ってくれているのだと言うことに気づいた。
身内の自己破産の手続きを一緒にしたこともある。
借金で死なないでほしい。
私が自信をもって言える事。
どんなことがあっても死を選択するのはやめてほしい。
だって、自分の意思で生まれてきたのではなのだから。
生死だけは私たちに選択する権利は与えられていないと思っている。
だから、精一杯生きる。
どんなに泥臭くてもいい。
精一杯生きる。
私は週に2回ほど、夜勤(コンビニ)をしながらセラピストをしている。
私は泥臭く生きている。ある意味、コンビニエントセラピストだ。
その夜勤のお店に訴えた元従業員が来た。
忘れたように笑顔で話しかけてくる。
人間てこんなものかと達観してしまった。
いろんな事がある。
でも、必ず、未来の自分は解決している。
そうですよね。きっと(^_^)v
それでも治りが悪い。
そこで、前から知っていたキネシオテーピングのホンモノの先生に出逢う。
そこで、キネシオテーピングに一時期はまった。
魔法のテープだと本気で思った時もある。
今でも、スポーツ選手や身体を多く使う方にはとても有効だと思う。
テープって貼ってるだけでなんだか、強そうに見えたりするわけで・・・。(笑)
しかし、テーピングも異物である。
貼られることで感じる違和感がどうもしんどい。
もともと、皮膚がとても敏感だったので、反応も早いが反発も早かった。
そこで、私のあたらなる探求が始まる。
その時、私の親戚の会社が・・・
会社にかかわっていた私は、全ての処理と借金を背負った。
私がやるしかなかった。
とてもしんどい経験だった。
売掛金の回収。買掛金の処理。各取引先との交渉。
元従業員の入れ知恵による支払いを渋られる。
また、支払ってくれない所もあった。
在庫を返品したが
その返品の品をマイナス処理してくれる物とくれないものとが
出て、買掛金の金額の食い違いの交渉・・・。
交渉の上での不渡り・・・。
元従業員が、退職金の訴訟を起こした。
(事前に退職金は出せないのでと少しばかりの金額でと
話合いを穏便にさせていただいていたのだが・・・)
ころっと手のひらを返した人たち。
足元を見た人たち。それに群がる人たち。
逆に手伝ってくれた人たち。
その人達は私にとっては一生大切にしたい人たちです。
そして、今も続く、借金の事。
連帯保証人という制度がいかに不合理なものなのか?を改めて実感している。
先進諸国で連帯保証人なる金貸しの奴隷制度を公的金融機関が
行っているのは日本だけである。
この制度、明治時代に民法を作る際、欧米の制度を真似るために、
翻訳した時、債務者主義を債権者主義と訳して、それに基づいた
お役所のお偉い方が作ったのだそうだ。
言語の間違いが発端らしい。(おいおいって感じですよね。)
一部で、連帯保証制度廃止の動きがあるのですが、
銀行のとても強い反対で全く動けていないそうです。
少し前に、ある銀行で、住宅ローンを組んで払えなくなって、
住宅を手放した時点で残債の債務は負わない。という保証の
ローン商品が出たそうだ。
これは、買った時の値段より土地の価格が下がってもそれは、
債務者の責任ではないという考え方です。
自宅を手放して出来る限りのことをしたのだから、それ以上は責は
その支払い能力を判断できなかった融資した銀行にあるというもの。
しかも、そんな融資は希、土地の価値の下落リスクはすべて債務者負担。
不動産価格下落リスクは債務者も債権者も平等に負担するのが、金融先進国の常識。
日本は・・・。
もっと言えば、欧米の金融機関に、経済の見通しも、物価下落リスクも専門の金融機関の方が、より把握しやすく、その部分のリスクも考慮して、貸し金業務を行う義務を課している。それで、資本比率、引当金などの明確な財務指標が確立されている。
支払い能力に関する審査をして払えるって思って貸したのでしょう。
その審査ミスについての責はどの銀行もとっていないですよね。
税金で助けてもらっても・・・。
ある、世界的に有名なファンドマネージャーの言葉にこんな言葉があります。
金融機関及び従業員は顧客に対して
1)金融機関の利益のためでなく、顧客のために行動する義務も、
2)専門家としての能力を生かし、思慮深い投資行動を取る義務も、
3)投資のプロとして投資能力を高める義務も仕組みもない。
逆に、雇用契約で雇用主の金融機関の利益のために働く責任がある。
言葉を変えれば、金融機関の仕事とは、顧客の資産をゆっくりと
金融機関の名義に書き換えることに他ならない。
その通りだと思う。本当に儲かる話は自分のところでやりますよね。
話それました。
この一連の処理で私は20kg太ってしまった。
今も痩せていない。
まだ、片づいていないからかもしれない。
太ることでのメリットを最近わかった。
太っていることで、体の感覚や感情が鈍感になれる。
そうやって無意識が私を守ってくれているのだと言うことに気づいた。
身内の自己破産の手続きを一緒にしたこともある。
借金で死なないでほしい。
私が自信をもって言える事。
どんなことがあっても死を選択するのはやめてほしい。
だって、自分の意思で生まれてきたのではなのだから。
生死だけは私たちに選択する権利は与えられていないと思っている。
だから、精一杯生きる。
どんなに泥臭くてもいい。
精一杯生きる。
私は週に2回ほど、夜勤(コンビニ)をしながらセラピストをしている。
私は泥臭く生きている。ある意味、コンビニエントセラピストだ。
その夜勤のお店に訴えた元従業員が来た。
忘れたように笑顔で話しかけてくる。
人間てこんなものかと達観してしまった。
いろんな事がある。
でも、必ず、未来の自分は解決している。
そうですよね。きっと(^_^)v
June 22, 2006
きっかけ2
小さい頃、両親が離婚した。小学一年の頃に両親がけんか別れで別居。
それまで、喧嘩が絶えなかった。
コントロールをしようとしていた結果である。
そして、小学4年まで調停。
最終調停には私も意見を言いに
家裁の調停員の方に会いに行った記憶がおぼろげにある。
初めて、裁判所に行った。
それまで、母と子供の私の苗字が違っていたが、
母も少し神経症があった(今振り返れば)ので、
戸籍は私は旧姓のままだったが、呼び名は母親の姓になった。
学校の出席番号は旧姓(「う」で始まる)で、
呼び名は無理矢理、母親の姓(今の性「ひ」で始まる)という、
奇妙な小学校時代だった。
明らかに姓と出席番号が違っていた。
出席番号3番なのに・・・って感じだった。
これはかなりの劣等感になったかもしれない。
それが、兄の今の症状の根底にあるかもしれない。
私はその劣等感を跳ね返す為、ひたすら勉強だった。
もともと、学ぶ事がすきだったので、それが唯一の逃げ道だったのだろう。
学問だけは、努力がそのまま反映して、目に見えてわかりやすかったから。
それに、それだけは、自分を裏切ることはないモノだと思っていたから。
スポーツは高校までさせて貰えず・・・
高校になってサッカー、
社会人で趣味でやっていたバスケを本格的にやるようになる。
リーグにも入れて貰う。
サッカーで膝を痛めた。その事で、メスを入れた。
これから、自分の身体への探求が始まった。
どうにかメスを入れずに治らないか・・・。
その時、運が悪かったのだろう。
その時出逢った身体の学びでは治す事ができなかった。
今なら、メスを入れなくても治せる方法をいくつも知っている。
でも、その時はメスを入れた。
今思えば、これもいい経験だ。
ストレッチャーにのったのも、リハビリしたのも、
腰椎麻酔をしたのも・・・、
途中で麻酔切れて最後の縫合は針刺すたびに痛かった(>_<)
皮膚の癒着がどれだけ身体に影響するか身を以て体験した。
今の身体を扱うのにとても役に立っている。
その探求の先には心が待っていた。
心と体は繋がっている。
「身心一如」「心身一如」ですね。
これにようやくたどり着いた。
それまで、喧嘩が絶えなかった。
コントロールをしようとしていた結果である。
そして、小学4年まで調停。
最終調停には私も意見を言いに
家裁の調停員の方に会いに行った記憶がおぼろげにある。
初めて、裁判所に行った。
それまで、母と子供の私の苗字が違っていたが、
母も少し神経症があった(今振り返れば)ので、
戸籍は私は旧姓のままだったが、呼び名は母親の姓になった。
学校の出席番号は旧姓(「う」で始まる)で、
呼び名は無理矢理、母親の姓(今の性「ひ」で始まる)という、
奇妙な小学校時代だった。
明らかに姓と出席番号が違っていた。
出席番号3番なのに・・・って感じだった。
これはかなりの劣等感になったかもしれない。
それが、兄の今の症状の根底にあるかもしれない。
私はその劣等感を跳ね返す為、ひたすら勉強だった。
もともと、学ぶ事がすきだったので、それが唯一の逃げ道だったのだろう。
学問だけは、努力がそのまま反映して、目に見えてわかりやすかったから。
それに、それだけは、自分を裏切ることはないモノだと思っていたから。
スポーツは高校までさせて貰えず・・・
高校になってサッカー、
社会人で趣味でやっていたバスケを本格的にやるようになる。
リーグにも入れて貰う。
サッカーで膝を痛めた。その事で、メスを入れた。
これから、自分の身体への探求が始まった。
どうにかメスを入れずに治らないか・・・。
その時、運が悪かったのだろう。
その時出逢った身体の学びでは治す事ができなかった。
今なら、メスを入れなくても治せる方法をいくつも知っている。
でも、その時はメスを入れた。
今思えば、これもいい経験だ。
ストレッチャーにのったのも、リハビリしたのも、
腰椎麻酔をしたのも・・・、
途中で麻酔切れて最後の縫合は針刺すたびに痛かった(>_<)
皮膚の癒着がどれだけ身体に影響するか身を以て体験した。
今の身体を扱うのにとても役に立っている。
その探求の先には心が待っていた。
心と体は繋がっている。
「身心一如」「心身一如」ですね。
これにようやくたどり着いた。
June 21, 2006
きっかけ
きっかけ1
カウンセラーになるきっかけは身内の脅迫神経症である。
何度も夜中に警察を呼んだこともある。
閉鎖病棟に入った事もある。
それがきっかけだ。
いっこうに変化のない、ただ症状を発しない為の安定剤。
それによる副作用。
繰り返されるゴタゴタの数々・・・
私の目の前での車による自殺未遂・・・
いろんな事が私をカウンセラーへと駆り立てた。
何度も、家族みんなを殺して、私も死のうと思った。
リストカットもした。
痛かったし、その当時、
仕事で手首を露出しないといけなかったので、一度試みてやめた。
過食で吐くことを覚えた。
とっても手っ取り早くストレス解消になるんだよね。
吐く為に何を食べるか決めていた時もある。
拒食で、めまいのふらふら感が心地良くなってしまったこともある。
食べない自分が妙に楽しかった。
至高体験出来るしね。
1カ月で15kg痩せた。
1カ月で20kg太った。
自分自身がどうにかなりそうだった。
仕事は朝から夜中まで・・・
家に帰りたくなかった。
でも、自分がいなくなると
この家庭は崩壊どころか、無くなるだろう。
いつ、新聞沙汰になるか、ひやひやしていた。
私は母子家庭に育った。
頼る男はいない。
私がやるしかない。
小さい頃から自己犠牲が得意になってしまっていた自分がいた。
カウンセリングを学ぶ過程でその部分と向き合った。
そして、それをいろんなワークを通して向き合ってきた。
時には、大声出して、怒鳴ったり、わめいたり、泣いたり、・・・
催眠をかけて、ハイアーセルフに導いてもらったり・・・
そんなこんなで、今の私はここにいる。
そしてこんな私がここにいる。
それが、私が根っからのカウンセラーやセラピスト気質になったのかもしれません。
カウンセラーになるきっかけは身内の脅迫神経症である。
何度も夜中に警察を呼んだこともある。
閉鎖病棟に入った事もある。
それがきっかけだ。
いっこうに変化のない、ただ症状を発しない為の安定剤。
それによる副作用。
繰り返されるゴタゴタの数々・・・
私の目の前での車による自殺未遂・・・
いろんな事が私をカウンセラーへと駆り立てた。
何度も、家族みんなを殺して、私も死のうと思った。
リストカットもした。
痛かったし、その当時、
仕事で手首を露出しないといけなかったので、一度試みてやめた。
過食で吐くことを覚えた。
とっても手っ取り早くストレス解消になるんだよね。
吐く為に何を食べるか決めていた時もある。
拒食で、めまいのふらふら感が心地良くなってしまったこともある。
食べない自分が妙に楽しかった。
至高体験出来るしね。
1カ月で15kg痩せた。
1カ月で20kg太った。
自分自身がどうにかなりそうだった。
仕事は朝から夜中まで・・・
家に帰りたくなかった。
でも、自分がいなくなると
この家庭は崩壊どころか、無くなるだろう。
いつ、新聞沙汰になるか、ひやひやしていた。
私は母子家庭に育った。
頼る男はいない。
私がやるしかない。
小さい頃から自己犠牲が得意になってしまっていた自分がいた。
カウンセリングを学ぶ過程でその部分と向き合った。
そして、それをいろんなワークを通して向き合ってきた。
時には、大声出して、怒鳴ったり、わめいたり、泣いたり、・・・
催眠をかけて、ハイアーセルフに導いてもらったり・・・
そんなこんなで、今の私はここにいる。
そしてこんな私がここにいる。
それが、私が根っからのカウンセラーやセラピスト気質になったのかもしれません。
