May 22, 2007

認知症についての私のオモウトコロ

「認知症」って病名をつけることで、
逆に限定してしまって、その症状を作り出そうとすることもあります。

少し、認知症から話外れますが、
特に、カウンセリングという立場から言えば、
精神疾患の方が私は○○病だとか、□□症と言われた。
だから、こんな症状があって、パニックになったり、△△の状態になったります。
ちょっとでも、その病状に近い自分の行動を探して、
こんな自分だから、こんな行動が、病気なんだって
余計に病気を作り出す傾向も多々見受けられます。

普通に生活していても、何かしなければって
とてもプレッシャーになって思い詰める時ってありますよね。

でも、これが、強迫神経症って名前が付けば、やっぱり私は病気なんだ。
もっと、言えば、自分で自分はおかしいんだってなっちゃうんですね。

また、周りの方も、その行動が○○病なんだって意識で接してしまって、
それが余計にその症状を固定化させたりします。

その方が危険ですね。

話を認知症に戻しますね。
初期の頃って、自分自身で忘れていることと覚えていることがあると思います。
忘れていることに焦点を当てると
私は今まで覚えていたのに、こんな自分は不甲斐ないってなります。
忘れていることに焦点を当てないようにすれば、それ以上の進行は防げます。
どうしてかと言えば、
忘れている不甲斐ない自分を認めることが出来ない。
→そんな自分は違う。
→現実逃避としてもっと忘れることが多くなります。
もしかしたら、そこに被害妄想もあらわれるかもしれません。
自分を守る為に・・・。

それって老いを認めることへの不安だったりもするんです。
誰もが持っている不安です。

何度も聞き返しても、1回目に聴いたのにこちらが思って
「また聴いて、何度も何度も・・・」て態度をしないこと。
これって大切ですね。なかなか難しいですけどね。

何度も聞き返すことをしなくなれば、
もっと失敗もするようになって
失敗する自分がまた、不甲斐ないと思い、
ますます自分自身が嫌になってどんどん悪循環になります。
でも、聞き返すことで、失敗が少なくなれば、
聴けば出来るってことになります。

それに、何度も聞き返しても、
本人にとっては一回目か2回目くらいなんですね。
(ちょっと聴いただけなのにって感じです。)

だから、聞き返すことに悪気はないし、
それをいつも初めて聴くように聴いていると、気軽に人に聴くコトが出来ます。
そして、それによって、失敗やミスが減ります。
そうすれば、何度も聞き返している自分にも気づきます。
それはもう忘れていることがあるってことを認められるんですね。
聴く事でミスしないってことも認められるんですね。
少し時間かかりますけどね。
それは、自分自身ときちんと向き合えるので、
それ以上の呆けの進行はかなり抑えられます。
痴呆かもしれないと思うこと自体は悪い事ではないんですが、
そう思ってどう接するか?ですね。

よく多いのが、
「痴呆でもう呆けてきているんだから、私たちに任せていちいち文句言わないで」
ってなると、
もうコミュニケーションもなにもなくなります。
だって、その方の人格そのものの否定でしかないわけですから・・・。

私の母もその傾向があっていつも私が間に入っています。

あとは、認知症には足の裏です。
足の裏を感じてもらうこと。寝たきりでもそうです。

歩くってことも大切ですね。
医師の吉田先生が徘徊と認知症の関係について著作のなかでおっしゃっていました。

歩く事で、脳に滞っていたエネルギーを足の裏へ放散し、
そして、大地に戻しているのだと。

ただ、地面を足の裏全体で感じながら歩く。これだけでも、とても変わります。
あと、太陽を背中から浴びる。頭のてっぺんから浴びるですね。

これって、鬱の方にもあてはまります。
精神疾患の方って、バタバタ足で歩いている人多いんですね。
ドン、ドンと足の裏を地面にたたきつけるように・・・。

足の裏を感じようと必死でしているのかもしれません。無意識で。

restore_neutral_line at 08:03 │Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ! 介護 

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