June 25, 2006

きっかけ4

家族に対する劣等感を持っていました。
それに気づいた時、私はこれだと思った。
私だけが出来るセラピーは家族だろう。
今、叔母の介護をしている。叔母は軽い認知症になりかけている。
ならないように一生懸命いろいろなスキルを総動員している。
お陰で現状を維持している。
体の方は徐々に歳を感じさせるようになってきている。
心臓がたまにストライキを起こすぐらいである。(やっかいだが・・・)

ホームヘルパーの勉強もした。前の仕事で、福祉用具の勉強はしていた。
そして、介護保険の勉強もした。
保険の仕事にも携わっていた。処理の為に、役に立った。
宅建の資格も資産処理に役に立った。
どこかで必ず繋がっている。

今度はこの経験が役に立つ時だろう。
それがセラピストではないか?

兄の離婚の話合い直接、相手のお父様と話し合った。
相手のお父様と私がお互いの離婚届けの保証人としてサインした。
ここでも修羅場だった。

まず、自分自身のストレスケアにいろんなことを学んだ。
初めは、多少、現実逃避もあったかもしれない。
でも、学んだ事が良かったのでしょう。
出逢った先生、仲間が良かったのでしょう。

それから、身体と心の関係を模索し始めた。
いろんな事を学んだ。

癒す為にヒーリングも学んだ。
カウンセリングも学んだ。
そしてたどり着いた。

自分の面倒を看る。これができれば、
すべてなんとかなる。

自分の面倒をみる。
「自分を知る。相手を知る。違いを知る。どうすればいいか知る。」
私のセッションのテーマです。

「部分は全体に影響し、全体は部分を補う」
これは体に対するセッションのテーマです。

restore_neutral_line at 02:01 │Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ! セラピストというきっかけ 

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