June 23, 2006
きっかけ3
メスを入れる決心をしてリハの勉強を一生懸命した。
それでも治りが悪い。
そこで、前から知っていたキネシオテーピングのホンモノの先生に出逢う。
そこで、キネシオテーピングに一時期はまった。
魔法のテープだと本気で思った時もある。
今でも、スポーツ選手や身体を多く使う方にはとても有効だと思う。
テープって貼ってるだけでなんだか、強そうに見えたりするわけで・・・。(笑)
しかし、テーピングも異物である。
貼られることで感じる違和感がどうもしんどい。
もともと、皮膚がとても敏感だったので、反応も早いが反発も早かった。
そこで、私のあたらなる探求が始まる。
その時、私の親戚の会社が・・・
会社にかかわっていた私は、全ての処理と借金を背負った。
私がやるしかなかった。
とてもしんどい経験だった。
売掛金の回収。買掛金の処理。各取引先との交渉。
元従業員の入れ知恵による支払いを渋られる。
また、支払ってくれない所もあった。
在庫を返品したが
その返品の品をマイナス処理してくれる物とくれないものとが
出て、買掛金の金額の食い違いの交渉・・・。
交渉の上での不渡り・・・。
元従業員が、退職金の訴訟を起こした。
(事前に退職金は出せないのでと少しばかりの金額でと
話合いを穏便にさせていただいていたのだが・・・)
ころっと手のひらを返した人たち。
足元を見た人たち。それに群がる人たち。
逆に手伝ってくれた人たち。
その人達は私にとっては一生大切にしたい人たちです。
そして、今も続く、借金の事。
連帯保証人という制度がいかに不合理なものなのか?を改めて実感している。
先進諸国で連帯保証人なる金貸しの奴隷制度を公的金融機関が
行っているのは日本だけである。
この制度、明治時代に民法を作る際、欧米の制度を真似るために、
翻訳した時、債務者主義を債権者主義と訳して、それに基づいた
お役所のお偉い方が作ったのだそうだ。
言語の間違いが発端らしい。(おいおいって感じですよね。)
一部で、連帯保証制度廃止の動きがあるのですが、
銀行のとても強い反対で全く動けていないそうです。
少し前に、ある銀行で、住宅ローンを組んで払えなくなって、
住宅を手放した時点で残債の債務は負わない。という保証の
ローン商品が出たそうだ。
これは、買った時の値段より土地の価格が下がってもそれは、
債務者の責任ではないという考え方です。
自宅を手放して出来る限りのことをしたのだから、それ以上は責は
その支払い能力を判断できなかった融資した銀行にあるというもの。
しかも、そんな融資は希、土地の価値の下落リスクはすべて債務者負担。
不動産価格下落リスクは債務者も債権者も平等に負担するのが、金融先進国の常識。
日本は・・・。
もっと言えば、欧米の金融機関に、経済の見通しも、物価下落リスクも専門の金融機関の方が、より把握しやすく、その部分のリスクも考慮して、貸し金業務を行う義務を課している。それで、資本比率、引当金などの明確な財務指標が確立されている。
支払い能力に関する審査をして払えるって思って貸したのでしょう。
その審査ミスについての責はどの銀行もとっていないですよね。
税金で助けてもらっても・・・。
ある、世界的に有名なファンドマネージャーの言葉にこんな言葉があります。
金融機関及び従業員は顧客に対して
1)金融機関の利益のためでなく、顧客のために行動する義務も、
2)専門家としての能力を生かし、思慮深い投資行動を取る義務も、
3)投資のプロとして投資能力を高める義務も仕組みもない。
逆に、雇用契約で雇用主の金融機関の利益のために働く責任がある。
言葉を変えれば、金融機関の仕事とは、顧客の資産をゆっくりと
金融機関の名義に書き換えることに他ならない。
その通りだと思う。本当に儲かる話は自分のところでやりますよね。
話それました。
この一連の処理で私は20kg太ってしまった。
今も痩せていない。
まだ、片づいていないからかもしれない。
太ることでのメリットを最近わかった。
太っていることで、体の感覚や感情が鈍感になれる。
そうやって無意識が私を守ってくれているのだと言うことに気づいた。
身内の自己破産の手続きを一緒にしたこともある。
借金で死なないでほしい。
私が自信をもって言える事。
どんなことがあっても死を選択するのはやめてほしい。
だって、自分の意思で生まれてきたのではなのだから。
生死だけは私たちに選択する権利は与えられていないと思っている。
だから、精一杯生きる。
どんなに泥臭くてもいい。
精一杯生きる。
私は週に2回ほど、夜勤(コンビニ)をしながらセラピストをしている。
私は泥臭く生きている。ある意味、コンビニエントセラピストだ。
その夜勤のお店に訴えた元従業員が来た。
忘れたように笑顔で話しかけてくる。
人間てこんなものかと達観してしまった。
いろんな事がある。
でも、必ず、未来の自分は解決している。
そうですよね。きっと(^_^)v
それでも治りが悪い。
そこで、前から知っていたキネシオテーピングのホンモノの先生に出逢う。
そこで、キネシオテーピングに一時期はまった。
魔法のテープだと本気で思った時もある。
今でも、スポーツ選手や身体を多く使う方にはとても有効だと思う。
テープって貼ってるだけでなんだか、強そうに見えたりするわけで・・・。(笑)
しかし、テーピングも異物である。
貼られることで感じる違和感がどうもしんどい。
もともと、皮膚がとても敏感だったので、反応も早いが反発も早かった。
そこで、私のあたらなる探求が始まる。
その時、私の親戚の会社が・・・
会社にかかわっていた私は、全ての処理と借金を背負った。
私がやるしかなかった。
とてもしんどい経験だった。
売掛金の回収。買掛金の処理。各取引先との交渉。
元従業員の入れ知恵による支払いを渋られる。
また、支払ってくれない所もあった。
在庫を返品したが
その返品の品をマイナス処理してくれる物とくれないものとが
出て、買掛金の金額の食い違いの交渉・・・。
交渉の上での不渡り・・・。
元従業員が、退職金の訴訟を起こした。
(事前に退職金は出せないのでと少しばかりの金額でと
話合いを穏便にさせていただいていたのだが・・・)
ころっと手のひらを返した人たち。
足元を見た人たち。それに群がる人たち。
逆に手伝ってくれた人たち。
その人達は私にとっては一生大切にしたい人たちです。
そして、今も続く、借金の事。
連帯保証人という制度がいかに不合理なものなのか?を改めて実感している。
先進諸国で連帯保証人なる金貸しの奴隷制度を公的金融機関が
行っているのは日本だけである。
この制度、明治時代に民法を作る際、欧米の制度を真似るために、
翻訳した時、債務者主義を債権者主義と訳して、それに基づいた
お役所のお偉い方が作ったのだそうだ。
言語の間違いが発端らしい。(おいおいって感じですよね。)
一部で、連帯保証制度廃止の動きがあるのですが、
銀行のとても強い反対で全く動けていないそうです。
少し前に、ある銀行で、住宅ローンを組んで払えなくなって、
住宅を手放した時点で残債の債務は負わない。という保証の
ローン商品が出たそうだ。
これは、買った時の値段より土地の価格が下がってもそれは、
債務者の責任ではないという考え方です。
自宅を手放して出来る限りのことをしたのだから、それ以上は責は
その支払い能力を判断できなかった融資した銀行にあるというもの。
しかも、そんな融資は希、土地の価値の下落リスクはすべて債務者負担。
不動産価格下落リスクは債務者も債権者も平等に負担するのが、金融先進国の常識。
日本は・・・。
もっと言えば、欧米の金融機関に、経済の見通しも、物価下落リスクも専門の金融機関の方が、より把握しやすく、その部分のリスクも考慮して、貸し金業務を行う義務を課している。それで、資本比率、引当金などの明確な財務指標が確立されている。
支払い能力に関する審査をして払えるって思って貸したのでしょう。
その審査ミスについての責はどの銀行もとっていないですよね。
税金で助けてもらっても・・・。
ある、世界的に有名なファンドマネージャーの言葉にこんな言葉があります。
金融機関及び従業員は顧客に対して
1)金融機関の利益のためでなく、顧客のために行動する義務も、
2)専門家としての能力を生かし、思慮深い投資行動を取る義務も、
3)投資のプロとして投資能力を高める義務も仕組みもない。
逆に、雇用契約で雇用主の金融機関の利益のために働く責任がある。
言葉を変えれば、金融機関の仕事とは、顧客の資産をゆっくりと
金融機関の名義に書き換えることに他ならない。
その通りだと思う。本当に儲かる話は自分のところでやりますよね。
話それました。
この一連の処理で私は20kg太ってしまった。
今も痩せていない。
まだ、片づいていないからかもしれない。
太ることでのメリットを最近わかった。
太っていることで、体の感覚や感情が鈍感になれる。
そうやって無意識が私を守ってくれているのだと言うことに気づいた。
身内の自己破産の手続きを一緒にしたこともある。
借金で死なないでほしい。
私が自信をもって言える事。
どんなことがあっても死を選択するのはやめてほしい。
だって、自分の意思で生まれてきたのではなのだから。
生死だけは私たちに選択する権利は与えられていないと思っている。
だから、精一杯生きる。
どんなに泥臭くてもいい。
精一杯生きる。
私は週に2回ほど、夜勤(コンビニ)をしながらセラピストをしている。
私は泥臭く生きている。ある意味、コンビニエントセラピストだ。
その夜勤のお店に訴えた元従業員が来た。
忘れたように笑顔で話しかけてくる。
人間てこんなものかと達観してしまった。
いろんな事がある。
でも、必ず、未来の自分は解決している。
そうですよね。きっと(^_^)v
